一ヶ月ぶりにブログを更新して、書きとめておきたいことがいろいろ出てきました。
ヴィパッサナー瞑想もその一つです。
日々生活していると、不快な事があったり、腹が立つことってありますよね?
そんなことに反応せずに、いつも穏やかな気持ちでいたいものですが。
ヴィパッサナー瞑想は確かに効果があると思います。
でも、瞑想をすること自体を忘れてしまいがちなんですよね・・・。
再び思い出すためにも、要点をまとめておきました。
すべて引用ですが・・・
久しぶりに更新したら、すぐにコメントをいただけました。
コメントをもらうのは、本当に嬉しいものですね。
ありがとうございます。
まず五つの戒を守ることから、瞑想修行を始めるのが原則です。
「戒・定・慧」の三学と呼ばれる原始仏教の修行システムです。
五戒とは次の五つです。
①不殺生戒
②不偸盗戒(盗まない)
③不邪淫戒(不倫をしない)
④不妄語戒(嘘をつかない)
⑤不飲酒戒(酒や麻薬など酩酊させるものを摂らない)
戒を守ろうとする意志のエネルギーはカルマを形成するので、未来に経験する事象が大きく左右されていきます。
・・・
幸福な円滑現象の続く人生を誰もが望んでいます。
それは偶然に支配されるのではなく、努力によってきれいに設計できるものなのです。
瞑想によって心が変化する以上に、瞑想の前提である戒を受け容れ、守ろうとする心のエネルギーがカルマを動かし、現象の流れを決定的に変えていくのです。
五戒を守っているかぎり、心に何のやましさも後ろめたさも発生することはなく、晴れ晴れとした心で生きることができるでしょう。
心が安定していればストレスで胃に穴が開くこともなく、健康は自らともなってくるものです。
健康で心が安定していれば、人に優しくすることができます。
自己完結した人から発せられる慈悲の波動は本物なので、鏡に映したように人に優しくされるだろうし、諸々のトラブルが減少し、苦のない人生を生きることができるでしょう。
カルマがよくなれば楽しい幸福な経験が増えてくるようになるでしょう。
現象世界の原因と結果の法則を正しく理解し、その法則性に則った行動原理で生きていけば、未来は望むように設計することができるのです。・・・
悪を避けて善をなす決意を貫いていくかぎり、必ず流れが変わってきます。
新しい善いカルマが実を結び始めるまで、不快なことが起きても平然と見送って、怒りや恨みなどの悪い反応を起こさないことです。
では、どうしたら不快な現象に反応しないで、心を静かに保つことができるでしょうか。
その最も有効な方法の一つが、ヴィパッサナー瞑想なのです。
眼に何かが触れた瞬間「見た」、耳に音が聞こえた瞬間「聞いた」、匂いが鼻をついた瞬間「匂った」、体に何かが接触した瞬間「触れた」・・・とサティを入れて、その後に続く思考の流れを止めてしまえば、心は反応を起こしません。
現象を確認する意識だけで終わってしまうのです。
また、たとえ怒りの反応が起きてしまっても、「怒り」とサティを入れて対象化すれば後続が断たれ、怒りを立ち消えにすることができるのです。
どのような事象が起きようとも、決して心が乱れない「不動心」の境地というものは、このようなやり方をしないと得られないでしょう。
何事も所詮この世のことであり、無常に変滅していくものである・・・と達観して、無執着を目指していくのが仏教です。
欲望の原因も怒りの原因も、人が経験しなければならない苦(ドゥッカ)の根本原因というものは、外部の現象に由来するのではなく、心に形成される概念の世界から発生してくるのです。・・・
心次第、認識次第ですべてが一変してしまうのですから、ただあるがままの事実に気づいて思考を止め、妄想を離れてしまえば、幸福も不幸もともに超えられた無執着の境地があるのです。
究極的には悟りの心に達した時にすべての苦しみが終滅するのですが、そこに到達するまでの過程でさまざまな瞑想効果が得られ、段階的に心は苦しみから解放されていきます。
不快な現象が起きているのに、まったく苦を感じないで淡々と対応しながら静かな心で生きていくことができる・・・。
これこそヴィパッサナー瞑想の最大の効果です。
人の心のシステムは、喜びよりも怒りのほうがすばやく反応するように設計されています。
対象を嫌う心や恐怖心は、危険回避と生命維持に直結しているので起ち上がりが速いのです。・・・
朝起きてから夜寝るまで、微かにでも嫌悪の心が発生した瞬間をカウントしていくと一体どのくらいの数になるでしょうか・・・。
実際にやってみた人がいますが、そのあまりの厖大さに圧倒されてしまいました。
誰もが苦しんでいるそのような怒りと嫌悪の心が、瞑想によって解放されるとしたら画期的なことです。
ヴィパッサナー瞑想を訓練していくと、一時的に怒りの心を鎮めるのではなく、怒りを根本的になくしていくことができます。
この瞑想の大きな効果の一つです。・・・
怒りの反応を起こしてしまう心を構造改革するために、ヴィパッサナー瞑想には三つのポイントがあります。
まず第一のポイントは、サティを入れることです。
怒っている瞬間には、「自分は今、怒っている」「怒りの状態にある」という自覚はありません。
ただ怒りの内容に巻き込まれて激高しているだけです。
「その態度は何だ」「人の顔に泥を塗る気か」「何回同じことを言わせるのだ」等々、思考が駆け巡って怒りの炎が燃え盛るのです。
したがって、その思考を停止させれば怒りは続けられなくなるし、そもそも妄想しなければいきなり怒り出すこともなかったのです。
サティが入ればその瞬間に思考の流れが断ち切られ、劇的に怒りはストップします。
怒りがたんに消えるだけではなく、「現在の状態を対象化する」「今の自分の状態を客観視する」というサティの基本的特性ゆえに、怒りを発した自分に対する自覚や自己理解が深まり、やがて怒りそのものが乗り超えられていく遠因になるのです。
第二のポイントは、ヴィパッサナー瞑想の土台である「戒」の受け容れが怒りを減少させるということです。
仏教では不殺生戒を守ることからスタートして、怒りや暴力系の心で反応しないことを目標にしています。
怒りを容認しないという決意は、怒りが発動しなくなる上で極めて重要なファクターです。・・
第三のポイントは、ヴィパッサナー瞑想の一部門である「慈悲の瞑想」の訓練結果です。
・・怒りの対抗思念である「慈悲」の心を成長させることによって、怒りは確実に減少していきます。
・・・・・・・
慈悲の瞑想を実践するのはとても簡単です。
これは概念を瞑想対象に使用するサマタ系の瞑想なので、慈悲の言葉を唱えるだけで瞑想が始まっているのです。
言葉の意味に集中できたほうが効果的ですが、あまり気にする必要はありません。
言葉か頭に浮かべば、必ず心に何らかの反応が起きます。
つまり、心が影響を受けて変わるのです。
試しに今、「殺人・争い・ケンカ」という言葉を浮かべてみてください。
次に「優しさ・安らぎ・幸せに」と呟いてみてください。
どうでしょうか。
次の瞬間、心に起きた反応が違うのではないでしょうか。
一度意識に上がったものは、必ず次の心に影響を及ぼします。
ですから、イライラ・モードの時であれ、ちっとも実感がこもらない時であっても、慈悲の瞑想をやろうと思い。言葉を唱えるだけで、必ず心は影響を受けて、その方向に変わっていきます。
繰り返されれば繰り返されるほど脳細胞のネットワークが強化されますので、慈悲の心がいつの間にか形成されていくのです。
では、やってみましょう。
声を出して行ってもかまいませんが、思いをこめるためには、口に出さず心の中で唱えるほうがよいでしょう。
・・・
1.私が幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願うことがかなえられますように
私に悟りの光があらわれますように
2.私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願うことがかなえられますように
私の親しい人々に悟りの光があらわれますように
3.生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願うことがかなえられますように
生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように
4.私がきらいな人々も幸せでありますように
私がきらいな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私がきらいな人々も願うことがかなえられますように
私がきらいな人々にも悟りの光があらわれますように
5.私をきらっている人々も幸せでありますように
私をきらっている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私をきらっている人々も願うことがかなえられますように
私をきらっている人々にも悟りの光があらわれますように
6.すべての衆生が幸せでありますように
すべての衆生が幸せでありますように
すべての衆生が幸せでありますように
-「ブッダの瞑想法 ヴィパッサナー瞑想の理論と実践」(地橋秀雄、春秋社)より
アマゾンで地橋さんの著書を確認してみると、DVDが発売されていました。
さっそく購入。
本で読むよりDVDのほうが、分かりやすくて取り組みやすいような気がします。
また商品がついたら記事を書きます。
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