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「あたりまえのことを バカになって ちゃんとやる」(サンマーク出版)

小宮一慶さんはコンサルタント会社の社長で、自身も経営コンサルタントとして活躍。
また、その他に、現在数十社の非常勤役員を務められているそうです。
この状況を見ても、その経営能力を高く評価されているといえるのではないでしょうか。

最初に読んだ「ビジネスマンのための読書力養成講座」(Discover)がよかったので、この数日で、小宮さんの本を三冊ほど購入しました。
「あたりまえのことを バカになって ちゃんとやる」(サンマーク出版)は、その中の一冊。
一緒に買った「日経新聞の数字がわかる本「景気指標」から経済が見える」(日経BP社)も面白そうです。

無駄に時間が過ぎていくだけ、自分のしていることは無意味。
最近、そう思う機会が増えていました。
「限られた時間を切り売りしている」。
ほんとうにそんな感覚があります。

ここで、みなさんに質問です。

みなさんがいまついている仕事は、生業ですか?
それても、天職ですか?

生活するためだから生業といえるけれど、それなりにやりがいも感じているので生業だけともいえない。
かといって、自分にはこの仕事しかない!と断言できるところまではいかないので、天職とはいえない。

つまり、生業でもなく、天職でもない、中間的なところで働いている人が多いのではないでしょうか。
じつは世の中の大多数の人は、この中間的な立ち位置で仕事をしているのではないか、と私は思っています。
こういう働き方のことを、私は「労働」と呼んでいます。
もう一度聞きます。
みなさんの仕事は生業ですか?
天職ですか?それとも労働ですか?

ここでもう一つ、質問です。
みなさんは心が震えるような仕事をしたことがありますか?
この仕事をやっていてほんとうによかったと、魂がゆれるようなシーンはあったでしょうか?
たとえば、コンサルタントの仕事を例にとると、私はときどき「ほんとうにあなたのおかげで会社がよくなりました」とか「人生が変わりました」と言われることがあります。
そうすると言葉では表せないくらいうれしいものです。

これはもうお金の問題でもないし、名誉も関係ありません。
ただ、この仕事をしていてよかったと思うわけです。
仕事をしていてほんとうによかったと思えるシーンがどれくらいあるか。
自分がついている仕事が天職かどうかのポイントはそこにあります。

それがないまま、まあ、食べるだけではないにしても、心が震えるような感動も使命感もなく、ただダラダラと仕事をしているのはもったいないと思います。
なぜかというと、食うための必死さもない、天職と思えるほどの使命感や心の震えもない。
ただ働いているだけの労働は、人生の限られた時間を切り売りしているのと同じだからです。
同じ仕事をするなら、生業を超えて、天職まで昇華させ、最終的にこれが天から与えられた仕事だと思う。
そこまで行けたら人生は楽しくなるのではないでしょうか。
そしてそのほうが、よりたくさんの人に喜んでもらえるはずです。

-「あたりまえのことを バカになって ちゃんとやる」(小宮一慶、サンマーク出版)

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「ほめ言葉のシャワー」

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自分のことを思い起こしてみると、学校でも会社でも、貶されることはあっても褒められることはあまりなかったなあ。
まあ客観的に褒めるところがなかったからかもしれませんが・・

でも、相手にとってどちらがいいか

欠点を指摘するのも、本当に相手のためを思う気持ちから出たものなら、すばらしいことだと思います。
でも実際は、相手に対して不快感をもっているとか、そんなことが原因になっている場合が多いような気がします。
そんなくらいなら、ほめてあげた方がずっといい

でも、ほめるって、なかなか難しい。
悪い点ばかりが目に付いてしまいます。

ほめ言葉のシャワー」(水野スウ/中西万依)は、ネットで見つけました。
いいなと思うところがあったら、どんな小さなことでもいい。
最初は、かなり勇気がいるかもしれないけれど、それを口に出して伝えてみる。

ほめることは、相手の存在を認めること
そして、自分の存在を認めてくれる人がいれば、人はそれだけでうれしくなり、希望、自信、やる気が出てくるのではないでしょうか。
人をほめる習慣をぜひ身に付けたいですね。

「ともの時間」で、どんな小さなことでもいいから、その子のいいとこリストを書いてみて、という宿題を出した時のこと。 いざ書こうとすると・・・あれれ?書けない。 もっとこうなってくれたらいいのに、ってことならすぐ思い浮かぶんだけど・・・と、あるお母さん。

できないところや気になるところは簡単に見つかるのに、いいところ、となると、なんでこんなにむずかしいんだろう?

私たちのまわりには、がんばれ、そんなんじゃ置いていかれるちゃうよ、という言葉があふれています。
みんなと同じことはできて当然。
ひとと比べて、もっとすごい、もっとできてこそ、初めて価値があるんだ。
いつのまにか、そう思いこんでしまっているみたいです。
そんな空気の中でほめようと思ったら、他人より飛びぬけてできることや、目に見えるすばらしいことしか、ほめようと思えません。

だけど人って、実際そんなにすごいところばっかりで出来てるかな?
苦手だったり、不得意なことだってたくさんあるのに。
できる/できない競争の中では、ここがダメ、ここもまだ、って方ばかり気になって、それをなくそうとすればするほど、更にできないところがクローズアップ、の悪循環。

アメリカに住んでいたとき、日本ではあまり聞いたことがなく、でも大好きになった言葉は、
I like the way you smile/あなたの笑顔が好き、そんなふうに笑うあなたが好き、
という言い方でした。
the way you...のあとに続く言葉が、talk/話し方や、sing/歌い方や、think/考え方、時には the way you are/そのまんまのあなたが好き、だったり。
・・・・・・・


お子さんのいいとこリストが書けなかったお母さん、後から、「あのころは、あの子のできないとこばっかり見てた気がする。それじゃあ探せないはずよね。ましてほめるなんて、とてもとても」と言っていました。

これまでし慣れていないことをするのだもの。
いいところは、見つけるにも、伝えるにも、練習が要るのです。
でもそれって、テクニックを覚えるような、そんな練習じゃなくていい

みんな意識していないだけで、ちゃんとそのひとのいいところは知っているはず
ただそれが、当たり前になりすぎて、見えなくなっているだけだと思います。
そのことに気づくだけで、何かが違って見えてくるんじゃないかなあ。

そしてもしも、ステキ、と感じた瞬間があったなら、どんな小さなことでもいいのです。
具体的に、シンプルに、それを口に出して伝えてみる
最初はきっとドキドキ、ちょっと、いえ、いっぱい、勇気がいるかもしれないけど。

いいとこみつけの練習、伝える練習は、そんなところから、始まるものだと思います。

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