日本人の自殺率の高さは、よく耳にしますよね。
いろいろ原因はあると思います。
でも、やっぱり死ぬのはもったいない。。
学校で、いじめられる。
そんな学校、やめましょう!
「いじめられる方に問題がある」
いじめる方は、いじめているという意識はないのでしょう。
たぶん「アイツが間違っている」と思っているでしょうから。
学校なんて辞めても、生きていけます。
会社なんて辞めれば、収入は3倍になります。
起きることは必ず、すべて自分のプラスになる。
大正解の人生が待っていますから、絶対に死なないでください。
日本では、多くの人が他人と比較して幸せか不幸かを決めているのです。
夢に、確率は関係ありません。
夢の実現度を高めていく努力をするだけです。
努力すればするほど、夢がかなう確率がどんどん高くなっていくのです。
大切なことは考え方だと思います。
考え方次第で、自分の行動と結果はまったく変わってしまいます。
それこそ、どんな状況であっても何でもできる。
さらには、どんなところにいても幸せになることができる。
考え方1つで人生は変わる・・・
それを特に感じたのは、南米に行ってきたときです。
南米の飛行機会社は、遅れるのが普通で、飛行機が飛ぶまで5~6時間は待たされるのだそうです。
なかなか飛びません。・・・
飛行機の出発時間は、あくまで「できたらいい」という目標だと言うのです。
・・・
その後、アルゼンチンに移動しました。
アルゼンチンは、以前、国家財政が破たんした国です。
生活面でも困った人がたくさんいるこの国で、年間で、どのくらい自殺する人がいるかを聞きました。
日本は、年間で3万人以上の人が自殺で亡くなっています。・・・
ところが、アルゼンチンでは、ほとんどいない、ということでした。
自殺という概念がないのだそうです。
彼らにとって生まれたことがそれだけで幸せなことなんです。
一方、日本では、多くの人が他人と比較して自分が幸せか不幸かを決めています。
アルゼンチンでは、生まれた段階で、もう幸せなのだそうです。
もちろん、平均の生活水準は、日本と比べたら極めて貧しいと言わざるをえません。
しかし、貧しいことと、不幸であることとは、違うのです。
生活は苦しいはずなのに、幸せを感じている人が多いのです。
・・・・・・・
何のために働くのか。何のために生きているのか。
それを思い出す習慣をつける。それが大切です。
どんな仕事にも、大切な意味や価値があります。
それを忘れてしまうと、仕事は単なる作業になってしまいます。
そうなると、仕事をしている人たちもつまらなくなるし、その人たちがする仕事の、サービスや品質も落ちてしまいます。
・・・・・・・
自己管理という概念があります。
私たちは、「自分がそこにいる意味や価値を実感する」とわかっていても、忘れてしまうことがあります。
たとえば、朝、起きたとします。
仕事の意味や価値を十分に実感していれば、難なく起きられます。
ところが、私は情けないことに、布団の中で「あと10分間でいいから寝たいなあ・・・」と思ってしまいます。
つまり、何のために、目が覚めたかを忘れているのです。
そこで、思い出すのです。
「何のために目が覚めたのか。・・・そうだ世界を変えるためだ」
そして、隣で寝ている妻に、一言。
「世界を変えるために、目が覚めたよ」と。
そうすると妻は、「私も世界を変えるために目が覚めたわ」と答えてくれます。
続いて、1本のビデオを見ます。
もちろん、「プロジェクトX」(NHK)です。
一緒に主題歌を歌ってから、出かける準備をします。
「じゃ行ってくるよ」と玄関で言うと、妻から尋ねられます。
「あなた、いったい何しに行くの?」
「あ!うっかり忘れそうになっていた。
今日は世界を変えるために、○○で講演をしてきます」
-「キミが働く理由」(福島正伸、中経出版)より
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「HAPPIER」の著者タル・ベン・シャハーは、ハーバード大学で哲学と心理学を学び、組織行動論で博士号を取得しているそうです。
でありながら、スポーツマンで、スカッシュの全米学生チャンピオンおよびイスラエル・チャンピオン。
そして、彼の講義(肯定心理学-ポジティブ・サイコロジー)は、ハーバード大学で最も人気があり、全学生の二割に当たる1,400人が聴講しているそうです。
以下の引用は、以前にご紹介した「ソース」という本の内容と重なることに気づきました。
自分の行いたいことを優先しよう。
そうすれば、思いもよらなかった偶然が起こって、自分がしたいことをするのを助けてくれる・・・。
目標を持つことで、フローを体験できる。
そして、その目標は、自分が本当に行いたいことでなければならない。
自分にとって意義のあること。
他の人にも意義を感じてもらえること。
これを早い時点で見つけられたら、充実した生活を送ることができるはずです。
ただ、おもしろいことに、自分の目標に向かって努力している人でも、目標もなくただ遊んでいる人のほうが楽しそうと感じる傾向があるようなんです。
逆に、遊んでいる人も、目標のある人のほうが充実していていい、と感じているとか。
そんな調査があると、どこかで読みました。
隣の家の芝生は青く見える。
これは事実なのかもしれませんね。
私がここで強調したいことは、目標を達成することよりも、それを持つことのほうが重要だということです。
心理学者のデービッド・ワトソンも、『Positive Affectivity』と題する論文のなかで、「幸せへの鍵は。目標を達成することにではなく、目標を追求するプロセスにある」と明言しています。
目標は手段であり、終着点ではありません。・・・
目標はそれを達成したならば幸せをもたらしてくれるものなどではなく、人生という旅を楽しませてくれるものなのです。
ただし、どんな種類の目標でもいいというわけではありません。
私たちに人生という旅を楽しませてくれる目標は、私たちが心から追求したいと願うものでなくてはならないのです。
「行いたいこと」対「行わなくてはならないこと」
目標と幸せに関する研究を行っている、米国ミズーリ・コロンビア大学の研究者ケノン・シェルダンとその仲間たちは、次のように書いています。
「私たちは、もしも幸せを追求するならば、周囲の人たちの期待や社会的通念に従おうとするのではなく、自分が本当に行いたいことを目標として設定し、その達成を目指すべきである」
・・・・・・・
夢の人生へと続く旅
いったい自分は何をしたいのか-自分に意義と喜びの双方をもたらしてくれるものは何なのか-と自問するだけでは、多くの場合、不充分です。
私たちは、自分をもっと深く掘り下げる必要があります。
私の哲学の師、オハド・カミンは、卒業後の進路を決めかねていた私に、こんなアドバイスをしてくれました。
「人生は短い。
進路を選ぶときには、まず最初に、自分にできそうなあらゆることをリストアップすることを忘れないように。
それらのなかから、自分が行いたいと思うことをすべて選び出すんだ。
続いて、その行いたいことのなかから、本当に行いたいことを選び出す。
そして最後に、本当に行いたいことのなかから、本当に、本当に行いたいと思うことを選び出して、それを行うか、行えるようになるために、努力する。
いいね」
見えない手がいつも助けてくれる
心理学者のアブラハム・マズローによれば、「私たちが集中して何かを行うと、それを効率よく行う私たちの能力が上昇するのみならず、私たちのその作業を、環境が助けてくれるようにもなる」といいます。
これは、幸せを究極の目標として認識している人たちが、特に頻繁に体験している現象です。
20世紀の神話学者ジョセフ・キャンベルは、晩年のインタビューのなかで、ジャーナリストのビル・モイヤーズから「隠れた手に助けられている感覚を手にしたことは?」と尋ねられ、こう答えています。
そんなことは、しょっちゅうです。・・・
見えない手がいつも助けてくれるので、しだいに私は、ある仮説を抱くようになりました。
「あなたにとって、あなた自身の至福を追求しはじめることは、あなたを待ちながらつねに存在してきた道の上に、あなた自身を乗せることであり、その道こそが、あなたの生きるべき道である」という仮説です。
<
あなたがそうしはじめると、思いも寄らない人たちが、あなたの前に現われはじめ、あなたのためにさまざまな扉を開いてくれます。
ですから私は、いつも人々にこう言っているのです。
「あなたの至福を追求しなさい。
そして恐れないことです。
そうすれば、思わぬ場所で、思わぬ扉が、あなたのために次々と開かれてくるようになるでしょう」
・・・・・・・
「学ぶ幸せ」を習得する
「喜びありて得るものあり」のフロー状態
これまでほとんどの学校が行ってきたことは、形のあるもの(成績)を優先し、形のないもの(学ぶ喜び)をないがしろにすることでした。
そしてそれは、子供たちの多くが出世競争型の考え方を身につけてしまうという、ひどい結果を生み出してきました。
この状況を改善することはできないのでしょうか?
子供たちを出世競争の罠から救い出すには、どうしたらいいのでしょう?
子供たちの学業的成功と学ぶ喜びを両立させるには、どうしたらいいのでしょう?
心理学者のミハイ・チクセントミハイが行った「フロー」に関する研究が、重要なヒントを与えてくれています。
フローとは、特定の作業に没頭し、その作業とのいわば一体感を感じている状態であり、チクセントミハイはこれを、「行動と意識が融合した状態」と表現しています。
本を読むこと、あるいは何かを書くことに没頭していて、名前を呼ばれてもそれに気づかなかったという経験は、おそらく誰にでもあるはずです。
私たちはまた、時間を忘れて、さまざまなこと、たとえば、料理作り、友人との会話、近所の公園でのバスケットボール遊びなどに没頭することもあります。
そのとき私たちは、実際には数時間も経過しているというのに、数分程度しかたっていないように感じます。
これがフローです。
・・・
私たちは、フローの状態のなかで何かを行っているとき-たとえばそれがボールを蹴ることであれ、彫刻をすること、詩を書くこと、あるいはテストの勉強をすることであれ-それを行うことに完璧に集中していて、ほかのどんなものにも気を散らされることがありません。
そのとき私たちは、何かをとてもうまく行いながら、目指す目標に向かって喜々として前進しています。
チクセントミハイは、「フローを頻繁に体験するには、明確な目標を持つことが不可欠である。
私たちが何かに没頭するためには、それをすることが自分にとって重要なことでなくてはならないからだ」と説明しています。
ほかのことに気を散らされていないとき-目標をしっかり定めているとき-私たちは目の前の活動に没頭する自由を手にしています。
目標設定の章(第5章)で述べたように、明確な目的地を掲げることで、私たちは旅を楽しむ自由を手にできるのです。
フローのなかでは、現在と未来の利益が見事に両立しています。
フローの体験は、「痛みなくして得るものなし」という公式を、「喜びありて得るものあり」という公式に変えることで、私たちに究極の通貨をふんだんにもたらしてくれます。
-「HAPPIER 幸福も成功も手にするシークレット・メソッド」(タル・ベン・シャハー、幸福の科学出版)より
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昨日、TOEICを受けてきました。
リーディングだけに的を絞って、少し対策していきました。
次回は秋頃に受ける予定です。
その際には、リスニングの対策もしていきます(汗)。
Part5とPart6を20分以内に(できれば15分で)終わらせることが目標でした。
これで、時間配分が楽になりました。
この単語の意味または用法が分からないと設問に正解できない。
そんな単語を2つ。
・complimentary(形)
無料の
given free to people
I've got some complimentary tickets for the theater tonight.
今夜の劇場のタダ券が何枚か手に入ったよ。
・stranded(形)
立ち往生して
a person or vehicle that is stranded is unable to move from the place where they are(= stuck)
・Air travellers were left stranded because of icy conditions.
飛行機の乗客らは、凍結のため立ち往生していた。
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昨日、インターネットと電話が開通しました。
最初の申込みから1か月くらいかかりました。。
やっとです。。
近くに高卒認定、大検受験の専門校があります。
私も交通事故で中退しましたので、何となく気になります。
人それぞれ、いろいろな事情があるのだと思います。
自分もそうでしたが、やはり本流ではない。
卒業は皆いっしょですが、中退は自分一人だけです。
何となくもやもやしたものはありました。
どうしても、マイナスにとらえてしまうかもしれません。
たとえば、人より数年遅れてしまったなど・・・。
でも、今考えてみると、中退でも検定でも構わない。
逆にプラスにとらえてほしい、と思います。
自分の現在と未来を考えるきっかけが持てた。
学校を辞めたということで、いろいろなことを真剣に考える機会が増えた。
この機会に、自分の好きなこと、一生続けていけることを見つけてほしいです。
この道を選んだ方が就職がよさそうとか、そういうのはナシで。
基本的に、どんなことでもいいと思います。
残念ながら、そういうことが見つからなかった。
とりあえず専門学校に行く。
学力がないから、何となく入れる大学に行く。
でも、それはちょっと待ってください・・という感じがするんです。
勉強してないから難しい・・・。
それは単なる思い込みかもしれません。
できたら、ここでささやかな成功体験をしてほしい。
目標を持ち、それに到達するように努力する。
案外、充実感があるものです。
自分の隠れた能力に気づく大きなチャンスだと思うのです。
もうすぐ、受験シーズンですね。
最後の一分、一秒まで絶対にあきらめないで、がんばってほしいと思います。
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「基本からわかる英語リーディング教本」(薬袋善郎、研究社)は、英文の構造を理解して、正確に読解することを目指しています。
高校レベルの文法を一通り学習し終えた方であれば、取り組んでいけるでしょう。
「本書の効果的な勉強法」の部分、その他のいろいろな場所に、効率的な勉強の仕方がくわしく記されています。
この本のもう一つの特徴といえるかもしれません。
迷わず、その通りに学習してみてください。
cutという単語。
原形も現在形も、過去形も過去分詞形も、すべてcutです。
このcutは何形だろうかと考える。
英語が読める人と読めない人との違いは、ここにあるといいます。
確かに、過去形と過去分詞形を取りちがえたら、正しく意味を把握することができません。
文法用語が頻繁に出てくるので、これを嫌う人がいるかもしれない。
品詞分解という方法も、嫌いな人がいるかもしれません。
ただ、日本人が、ある程度の年齢になってから英語を習得しようとする場合。
その場合に、こうした過程を完全に飛ばしてしまうと、かえって時間がかかると思います。
問題数は少ないですが、例文がそこそこ挙げられています。
本書を終了した後は、長文(志望校の過去問)を一つずつつぶしていけばいいと思います。
写真は「あとがき」と「Frame of Referenceの要点」の一部です。
文字が読めると思いますので、よかったら見てください。
「10人のうち2人は私のやり方で劇的ににできるようになる人がいる」
英文を正確に読みたい方にお勧めします。
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自分の子どもが問題に直面しているのを見ると、即座に手を貸してあげたくなる。
解決法を知っているから、それをすぐ教えたくなる。
でも、子供たちを援助して、努力から解放することは、子供を不幸せに導くといいます。
というのは、努力が必要な状況の中でこそ、達成に意義を見出し、そのプロセスを楽しめるものだから。
多くの場合、助けたいという衝動を抑え、子供たちに努力という恵みを体験させる方が、はるかに良いことなのだそうです。
つい言ってしまいたくなるものですよね。
カウンセリングでも、カウンセラーが相談者に解決策を一方的に与えても、うまくいかないそうです。
本人は解決策をわかっている。
それを引き出すようにもっていくのが大切だとか。
こうしたことは、勉強して、経験しないと、なかなか分からないと思います。
常識的な結論とは、むしろ逆ですから。
まず自分ということですね・・。
人のことをとやかく言うのではなく、まず自分がしっかり生きろということでしょうか。
勉強は特殊技能のひとつに過ぎない
この章でご紹介した七人の「できる子」の実例をお読みいただくと、いい意味で親の影響から解放されていることに気づかれると思います。
これは、偶然でしょうか。
親に勉強を強制されてできるようになった子は、ただの一人もいないのです。
実はこの結果が全てを物語っていると思います。
つまり、「できる子」の親は、教えないで伸ばす傾向にあるのです。
一方、子供に勉強を強いる親は、勉強さえできれば社会で生きていける、という固定観念に縛られています。
・・・・
しかし、果たして勉強さえできれば社会で力を発揮できるのでしょうか。
現実の世の中を見渡せば、スポーツの能力に優れ、それが生活の糧となったり、手先が器用なことからその技術で食べていく人もいます。
その種の能力は希少ですから、社会からも認められ、収入の面も保障されるのです。
勉強も、スポーツも手先の器用さと同様、特殊技能のひとつと心得て、子供が勉強の分野に適性があればそれを応援し、別の分野で能力を発揮していればそこを伸ばしていく。
そのような見極めと使い分けが親には求められているのです。
・・・・・・・
「本気で一喝」と「褒めて育てる」の二刀流
小言とは対照的に、子供を褒めすぎる親も最近は増えてきました。
子供が「あまりうまく書けなかったな」と内心思っている作文を読んで「上手に書けたわね」と褒め、平均点スレスレの答案用紙を見て「よく頑張ったわね」と褒めます。
「子供は叱っても委縮するだけ、褒めて自信をつけさせると伸びる」という情報をどこかでインプットしたのだと思いますが、正しく理解されていないようです。
子供が内心「失敗した」と思っているような作文を読んで、もし親が褒めたとしても、それは逆効果です。
・・・
親が子供をあえて褒めても「どうせ本気じゃないんだろう」とそのあざとさを見抜いています。・・・
うまくできなかったものは、嘘をついてまで褒める必要はありません。
自信が付くのは、子供自身が「うまくできた」と思えたときです。
親は子供の気持ちを察して、それを追認する形でほめるのです。
単純に、「褒めると自信が付く」という解釈は誤りです。
褒めすぎは逆に親子の信頼関係を傷つけかねません。
子供は叱って育てるか、褒めて育てるか、という二者択一ではなく、叱るときは本気で向き合う。
子供が何か達成できた、と感じている瞬間を見究め、一緒に喜び、評価する。
・・・・・・・
習い事や趣味はひとつのことを継続させる
ピアノに水泳、バレエに英会話と、「子供にいろいろな能力を付けさせてあげたいから」と、実に多くの習い事をやらせている親がよく見受けられます。
これについて前出の島村氏は、「それでは、どれも中途半端に終わってしまう。能力を引き出すのであれば、習い事や趣味はひとつに絞り、長く継続させることが望ましい」と言います。
・・・
ひとつの物事に継続して取り組むと、その分野に突出した才能を発揮するようになりますし、何よりもその子の自信につながります。
「できない子」の親には特性がある
目の前の障害物を取り除く親
「できなくなる理由」は人それぞれ異なる要因がありますが、かなりの部分で親がその原因を作り出していることがわかります。
・・・
子供をダメにする親の典型は、ひと言でいうと、「子供の前にあるものを取り除く親、はしごをかける親」だといいます。
そのような親は、わが子を傷つけたくないがために、子供が行動を起こす前に先回りして、障害になるものをどかしたり、はしごをかけて橋渡しをしてしまうのです。
こうした傾向は人との付き合いの中にも顕著に盛られます。
子供に迷惑をかけそうな人には初めから出会わないように、生活の中でバリアを張ってしまうのです。
・・・
優秀な子を持つ親は、我が子より優秀でない子供の中で学ばせることを非常に嫌がるそうです。
逆に発達の遅い子の親は、秀でた子供のグループに入ると、我が子が目立たず、恥をかくと言って嫌がります。
「これでは生きる力がスポイルされます」・・・
親が子供に居心地のいい人間関係だけを与えていると、子供は付き合いやすい人としか付き合わなくなり、面倒なことを避けるようになります。
自己主張することも知らず、競い合う気持ちや方法もわからずに育ちます。
人は異質の人間との衝突を通して痛みや危険を避けることを学び、それが、ひいては他人に対する優しさになりますが、そうしたことも身に付きません。
この生きる力を持たない子供が、その後、勉強の面で問題を起こすことにもなるのです。
・・・
「お父さんは働いていらっしゃいますが、自分のお子さんを部下に欲しいですか?」・・・
勉強のことばかりを気にしている親は、そういう大事なところに気が付きません。
勉強がそこそこできても、社会人として通用しないのでは子供は生きていけないのです。
・・・
まず親が自分自身を分析し、長所・短所を知ることが重要です。
子供が親の長所・短所を受け継いでいれば、同じ成功や失敗を繰り返す可能性があるからです。
そして、子供の行動をよく観察し、「これは手をかけないとまずい…」という短所を選び出し、対策を施していく必要があるのです。
子供の短所は大なり小なり、学ぶ姿勢と関連しています。
「集中力がない」「人の話を聞かない」「勝手なことをする」などがその代表例です。
こうした短所を克服することは、結果として勉強にプラスの効果をもたらすのです。
-「勉強しろと言わずに子供を勉強させる法」(小林公夫、PHP新書)より
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TOEICは出題形式に慣れているかいないかで、得点がかなり変わってきます。
まず、公式問題集を時間を計って解いてみてください。
すると、リスニングでは問題文を先読みした方がいいとか、リーディングでは時間が足りなくなるといったことが分かってきます。
そして、目標とする点数をクリアするためには、どこで点を稼ぐのがいいか考えてみます。
たとえば、リーディングの点数がもう少し欲しいという場合。
もちろん、読む速度を上げることも大切でしょう。
でも、Part5とPart6の解答速度および正解率を上げるよう努力すれば、Part7に回せる時間が増えます。
そうすれば、Part7の正解率も上昇して、相乗的(あるいは相加的)に得点の上昇が見込めます。
リスニングは一度解いた後、iPodに転送して、ひたすら聞いてみる。
リーディングは、分からなかった単語は単語カードに書いて覚える。
単語集に手を出す必要は基本的にないと思います。
まず、こんな感じで公式問題集をつぶす。
そして、時間が余ったら模擬試験に取り組む。
個人的には、こんな進め方がいいように思います。
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人間の能力は、ごく一部の例外を除いて、それほどの差はないのではないでしょうか。
でも、結果として、大差が生じる場合もあります。
学校の成績や収入。
差が生じるのは、先天的なものと後天的なもの、両方に原因があるのでしょう。
先天的なものは変えられないけど、後天的なものは変えることができる。
自らの努力によって差を詰めることはできると思うのです。
自分も会社で働いているとき、待遇や処遇に不満を感じることはありました。
人間関係で理不尽を感じることもありました。
もちろん人を責めることもありました。
でも、ある時期から、つとめて考え方を変えるようにしてみました。
自分がいま不本意な状況にあっても、それは自分の責任。
人のせいではない。
難しいことではありましたが、「自分の責任なんだ」と何度も自分に言い聞かせました。
そう考えた方が、状況が良くなる可能性が高いと思ったからです。
人のせいにしていたら、自ら変えようとする力はわいてきません。
人間なんて、ごくごく一部の例外を除けば、それほど変わらない。
他の人にできたことは、自分にも必ずできる。
そう楽観的に考えて、一つのことを続けていくのは大切なことではないでしょうか。
プロ同士の対戦では、勝率に差があったとしても、せいぜい一割か二割しか違いません。
点差でいうと、一点、二点の差で勝敗が決まります。
それぞれ努力をしているし、能力としてはわずかな違いしかないのです。
・・・
では何が勝敗を決めているのかというと、結局、知識でも頭の回転でもなく(もちろんそれらも大切ですが)、最後には「負けたくない」という気合いや、勝つことへの確信、自分への信頼、分が悪いときに踏みとどまる根性などの、今の時代にはあまり評価されない泥臭い能力や意識の力が大きいのではないかと思います。
・・・・・・・
才能とは、特別な人のみに生まれつき与えられたものだと一般的には思われているようです。
しかし、誰かができることならば、自分にももしかするとできるかもしれない。
そう思うほうが良いのではないでしょうか。
かつての私は、才能とは一瞬のきらめきのようなものだと思っていました。
将棋を続けてきた今、才能とは何かと問われたならば、十年、二十年と同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられる力のことだと思っています。
なぜなら、直感や閃きの力には限りがあります。
いつまでもそれが続くわけではありません。
パッと直感的に良い手を思いつくことや、見切ることのできる能力は、確かに人それぞれの能力に差があります。
しかし、そういうことより、情熱を継続できる力を持つ人のほうが、長い目で見ると伸びるのです。
奨励会にいる若い人たちを見ていても、ひとつの場面で発想が閃く人がいます。
その場においてはすばらしい直観力と発想を持っていると言えるのですが、そのような人がそのまま伸びて全員、プロになれるかというと、そうでもありません。
逆に、一瞬の閃きといった点ではさほど力を発揮しなくても、同じ情熱を持ち続けて着実に将棋に取り組んでいく人のほうが、結果として伸びているようなのです。
このような人をたくさん見てきたことから、結局、個人の能力の差とは、はじめの差はたいした差ではなく、本人の努力と継続して情熱を持ち続けることにあるのではないかと思うようになりました。
また、情熱を持ち続け、努力をし続けることで、結果的に直感力や閃きも生まれてくるように思うのです。
将棋だけでなくどんな世界であっても、結局は努力と情熱、モチベーションを継続することが大切なことであろうと思います。
-「人間力」(船井幸雄・羽生善治、ビジネス社)より
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書店で「微差力」という本をみかけました。
人がすることには、わずかな差しかない。
でも、その差が積み重なって大差となっていく。
だから、日常のささいなこと、小さなことを大切に積み重ねていくことが必要だ。
そんな内容だったと思います。
今は辞めてしまいましたが、会社では営業をしていました。
ですから、営業の本も少し読みました。
とても印象に残っているのが、プルデンシャル生命のトップ営業・川田修さんの「かばんはハンカチの上に置きなさい」(ダイヤモンド社)です。
・・私は本や新聞を精力的に読みこなすタイプの、いわゆる「できる営業マン」ではありません。
だからこそ、難しいことはせず、背伸びはせず、とはいえほかの人と同じではなく、少しだけ人と違うことをすることにしました。
それも、ただやるのではなく、徹底的にやるのです。
「ちょっとだけ違うこと」を徹底することで、ときには人と差をつけ、その積み重ねで今があると思っています。
奇をてらうのではなく、続けることが大事だと思っています。
・・・・・・・
「当たり前のこと」で差がつく話が、ほかにもあります。
・・・・・
私はお辞儀には特にこだわっています。
というか思い入れがあります。
相手との別れ際、「どうもありがとうございました」と言って、その方に正対して、上半身をほぼ垂直に深く曲げて、相手より長い時間お辞儀をします。
相手が頭を上げた時点で、まだお辞儀している私を見たとき、より鮮明に印象に残るはずです。
正対していなければいけませんし、深く、長くなければいけません。
会釈のようなお辞儀のような・・・など、もってのほかです。
時間にすれば、わずか2、3秒の差かもしれませんが、その小さな違いが大切だと信じていますし、それを証明する方と出会いました。
メディアなどで活躍する有名な女性の方で、私が初めて「お辞儀負け」した方です。
その女性は美肌師という肩書を持ち、多くの女性にとってのカリスマのような方です。
・・・
後日お邪魔した際にマネージャーの方から、初対面でのその方の印象を尋ねられたので、率直にこうお話ししたのです。
「一番驚いたのは、○○さんのお辞儀です。
実は私は相手より少しでも深く、長くお辞儀することを日頃から心がけているのですが、○○さんのお辞儀にはかないませんでした。
そのお姿に、大変感動させていただきました」
テレビや雑誌などで大活躍されている方が、私のような一介の営業に対しても、初対面でとても礼儀正しく腰が低いことにも、心から感動していたのです。
すると、「川田さん、よくそこに気づいていただきましたね」とマネージャーの方が言われました。
・・・
「実は本人はお辞儀にこだわりがあって『私は、このお辞儀だけでここまでやってこられたのよ』と言っているんですよ」
マネージャーの方は、そうお話しくださいました。
その方は証明してくださったのです。
当たり前のお辞儀を徹底することで、こんなにも大きな成功を収めることができるということを。
-「かばんはハンカチの上に置きなさい」(川田修、ダイヤモンド社)
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「基本にカエル英語の本」(石崎秀穂、スリーエーネットワーク)は、中学レベルの英文法の本です。
これまで中学レベルの英文法の本というと、「覚えなさい」的な本が多かったと思います。
しかし、「基本にカエル英語の本」は、理解することに重点を置いています。
英語に苦手意識があって、1から学習しなおしたいという人に向いていると思います。
難しい文法用語は出てきません。
それほど多くはありませんが確認問題もついています。
ですから、習得度を確認しながら、学習を進めていけるでしょう。
この本のもう一つの特徴は、CD付きであるということ。
本文全英文と日本語訳、重要事項の解説などが録音されています。
これをiPodなどに入れて通学などの時間に聞くようにすれば、効率的に復習できるでしょう。
その点でもお勧めしたい本です。
ただ、この本は3分冊です。
中学レベルの英文法を3冊に分けて解説しています。
分量的に多いと感じられるかもしれません。
理解してもらうことに重点をおいているため、解説が増えていて、それで分量が多くなっています。
記憶することが多くなっているわけではありません。
ですから、それほど時間はかからないと思います。
理解してもらうことに重点を置いている。
CD付きで、復習がしやすい。
繰り返しになりますが、以上の点から、英文法(英語)に強度のアレルギーがある方にとくにお勧めします。
なお、写真はレベル1(第一分冊)の内容です。
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